不登校解決現場レポート

【考察】女優“タルラー・バンクヘッド”の生涯から「自分らしく生きること」について考える

こんにちは。不登校支援センター仙台支部の上原です。

先日カウンセリングの中で「自分らしく自由に生きて欲しい」という話が出ました。親御さんが子どもに「幸せに生きて欲しい」と願い、伝えられた言葉だと思います。しかし、それを聞いた子どもは悩んでしまいました。

「自分らしく」したら反対したじゃないか、と。

今回は、「自分らしく生きるとはどういうことなのか?」というテーマを、ある人物の生涯から考えていきたいと思います。

女優“タルラー・バンクヘッド”ってご存知ですか?

思うままに自由に生きる、という話になると私はこの人物を連想します。1900年代に活躍したアメリカ出身の女優、タルラー・バンクヘッドです。

彼女は、祖父が米国上院議員で父は下院議長という、とても裕福な家に生まれます。裕福どころか国そのものを左右できる程の家庭に生まれたということですね。そしてタルラーの母親はというと、彼女がまだ幼い頃に亡くなっています。彼女の父親は妻を亡くしたそのショックから、仕事と酒に時間をかけるようになってしまい、タルラーはとても寂しい幼少期を過ごすこととなりました。唯一、彼女の家で働いていた黒人のメイドだけが、タルラーにとっての母親代わりのように親身になり、世話をしてくれていたそうです。

そしてタルラーはその寂しさを埋めるためか、小学生の頃から沢山の恋人を作って生活をしていました。タルラーの父親は娘の生活態度によって家名が穢れることを恐れ、彼女を全寮制の女子中学校へ進学させましたが、彼女はそこでも沢山の恋人を作りました。寂しさを埋めるための行為なので、男女の隔たりはなかったようです。

そんな“タルラー・バンクヘッド”には、女優になるという夢がありました

彼女の夢は、女優になるということです。

女優になれば多くの人間に愛してもらえる・・・

愛されることに餓えていたタルラーらしい夢だったのかもしれません。そして彼女が15歳の頃から女優を目指し活動をはじめますが、仕事の依頼で回ってくるのはエキストラなどの役ばかり。どんなに数多くのオーディションを受けても、人当たりが良くみえるように自分を飾っても結果は変わりませんでした。そこで彼女は大きく考え方を変えます。

「人に好かれる自分を演じるのではなく、ありのままの自分を好きになってもらえば良い」

そしてタルラーは女優でありながら、自分を飾ることをやめました。そして、自分を正しく評価しないアメリカから、ロンドンへと移住し、そこで大成功を収めました。

ロンドンでの彼女の行動は常識に捉われない、まさに自由な行動でした。あるオーディションで他の参加者が緊張しながら台本のチェックをしているとき、タルラーは驚きの行動をとります。それは、

  • 酒やタバコを会場に持ち込んで1人で酒盛りをはじめ、酔った状態でオーディションに参加
  • 台本をまったく覚えず、控え室に灰皿がないと文句をつけスタッフに取りに行かせる

などです。しかし彼女はこのオーディションで主役の座を手にしているのです。話だけを聞くととても驚きますが、これはこの舞台の役が悪女の踊り子であり、彼女が役のイメージにぴったりだったからだそうです。この悪女の役がタルラーにはまり、舞台は大ヒット。数々の著名人や、当時のイギリスの首相チャーチルまでもが彼女のファンになったといわれています。そして、新聞等の印刷報道、文学、作曲に与えられるアメリカで最も権威ある賞である、ピューリッツァー賞も受賞しています。

思うままに自由に生きたことで女優として成功した“タルラー・バンクヘッド”

タルラーのロンドンでの活躍を知り、ハリウッドから彼女へ沢山のオファーが舞い込みました。そのほとんどはメインヒロインや美人の女性主人公など、同じ女優ならば、誰もが羨むような役ばかりです。しかしタルラーはその全てを「やりたくないから」という理由で断ります彼女は賞賛を浴びる主人公役などは決してやりませんでした。彼女が選ぶのは美貌で男を争わせる悪女、悲惨な最期を遂げる女ボスなど、どんなに貰えるギャラが安くても、自分にぴったりとはまっている悪女役しかやらなかったそうです。

他にも様々な逸話がありますが、どれもが褒められたようなものではありません。ゴシップ誌などでも記事にされ、散々たたかれますが、彼女は「自分の名前のスペルが間違っていなければ良い」と言い、どんなことを記事に書かれていても気にしなかったそうです。

  • 癪に障ることを言われれば相手が大先輩であろうとも平気で引っぱたく
  • 自分のファンに仕事がなければ、タルラー自らが職場を斡旋
  • 動物愛護団体の話を聞けば、気まぐれに数千万の寄付をする
  • 孤児の話を聞けば、自費で孤児院を作り、子ども達の学費を全て払った上で、里親を探す

上記のような行動を思うままに行い、自由に生きていたようです。

そしてついに、“タルラー・バンクヘッド”は歴史をも動かしました。

当時のアメリカ大統領トルーマンが彼女をホワイトハウスに招待した際に「母親同伴」という条件をタルラーに出します。しかし最初に語ったように彼女の実母は亡くなっています。そんな彼女がホワイトハウスへ連れてきたのは自分を母親代わりに育ててくれた黒人のメイドでした。当時は人種差別が強く、黒人がホワイトハウスに行くことは考えられないことでした。しかしタルラーは「自分は大切な母親と一緒に来ただけ」とその常識を破壊しました。そしてこの黒人メイドのローズ・レリィこそ、歴史上初めてホワイトハウスへ足を踏み入れた黒人となりました。

その後も彼女は酒とタバコと男性と仕事と、自由に生きました。自分を貫き、自由を謳歌した彼女は、こう言い残し亡くなったそうです。

【バーボンを、頂戴】

自分らしく生きるとはどういうことなのか?

大変長くなってしまいましたが、タルラーのこの生きかたを知ると、彼女は自分らしく自由に生きたのだな、と感じます。しかしその反面、それは周囲の望みとは違う形で進んだのだろうな、と私は感じました。タルラーの父は、そんな彼女の行動や生き方を苦々しく思っていたかもしれません。しかし、タルラー自身が【幸せに人生を謳歌した】のは恐らく間違いないのではないでしょうか。

さて、最初の話に戻ります。

子どもに「自分らしく幸せに生きて欲しい」と願った親御さんのお話です。では、この願いをかなえるために子どもの行動をどこまで許容できますか?
実はここがとても大切なポイントでもあるのです。

子の幸せを願うとき、それは親の願いとも絡み合ってきます。

なにかを子どもに対して求めるとき、

  • 自分(親)のためにそうして欲しいのか
  • 子ども自身のためにそうして欲しいのか

この区別は非常に難しく、スパッと切り離して考えることも出来ないかもしれません。本当に子どもの状態を受け入れていいのか・・・と悩むこともあるかもしれません。

  • 何をどこまで受け入れたほうがよいのか
  • 現実的にどう接するべきなのか 等

子どもとの関わり方で悩まれたときは、お気軽にご相談くださいね。

それではまた。無料面談について詳しくはクリックbn-01

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